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神奈川県綾瀬市の社会福祉法人 唐池学園 貴志園(たかしえん)が運営するONLINEショップです。
書籍『障害者支援の実際と指導』を販売。
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〈事例集作成にあたって〉 貴志園 園長 冨岡貴生

貴志園が開所して45年を迎え、一つの区切りとして園で行ってきた支援の実際(歴史)を残したいという想いから事例集を作成することにしました。作成に当たってはケース記録を読み込み、支援の経過をまとめていきましたが、細部にわたる支援の流れがとても勉強になることに気づき、また多くの職員からも支援の参考になるとの感想があったことから、これから入職してくる新人職員への教材として使えないだろうか、さらに知的障害者支援を行っている支援員一般の参考になるのではないかと思うようになり、事例集を発行することにしました。
今日の障害福祉は、ノーマライゼーションの考えとともに、障害者の地域生活に重きを置き、地域で安心した生活が送れるよう様々な福祉サービスを創出し、各サービスをつなぎ合わせて在宅生活の支援を行うのが一般的になってきました。そのため、地域支援に当たって多くのマニュアルやハウツー本が作成され、それらを支援の参考にして実践している方も多いのではないかと思います。今回作成した事例集は、マニュアルやハウツーものとは違い、支援をしてきた経過をまとめ、利用者の葛藤部分への支援や家族とのかかわり等を中心に書かれています。利用者の平穏な生活は、一人ひとりが個別的であることから支援が公式のように展開していくものではなく、利用者と支援員の具体的なかかわりを通して実現していく過程が事例集から感じて頂けると思います。
園では開所以来の方針として、一般就労やグループホームへの移行など積極的に社会参加を勧めて来ました。しかし、園を利用する利用者の多くは精神障害を重複し、障害の程度は中軽度で潜在的な職業能力は高くても、家族の変化、対人関係や社会環境の影響で不安定になりやすい人たちで、彼らの問題行動に対して、サービスのコーディネートや問題行動の指摘や注意だけのかかわりであったなら、決して一般就労等までには到らなかっただろうと思います。言うまでもなく、問題行動は個人的な要因に加えて、その背景には利用者を取り巻く環境が大きく影響しています。先ずはこのことを理解し、複雑に絡み合った因果関係に対して適切な支援を行うことが必要となります。ケース研究会での指導を通して、私たちは言葉では表出されない利用者の苦悩を理解するように努め、利用者が信頼と安心の中で自尊心を回復し、生活の主人公として自身の人生が有意義なものとして実感できるように支援を行ってきました。その結果、支援の考え方や利用者へのかかわり方、利用者理解の方法等について園の共通した原則が自ずと生み出され、これは開設した日から今日まで変わることのない普遍的なものになっています。
この事例集は、支援のハウツー的なものの提示ではなく、実際の事例に対して行われた支援の展開とそれに対するスーパーバイザーの助言を通して、今や原則となっている利用者理解の基本的考え方やかかわり方の姿勢について、改めて理解し、洞察を深めていくことに重点を置いています。勿論、事例集作成に当たっては個人が特定されないように細心の注意を払っています。最後になりましたが、開設当初から行われているケース研究会や事例集発行に当たって多くのご指導をしていただいた大橋先生に深く感謝するとともに、貴志園のアイデンティティの基礎を作っていただいた初代園長の佐藤献先生、そして多くの先輩職員に感謝するとともに、若い職員への一助となることを願っています。



〈発刊に寄せて〉 嘱託医 大橋秀夫

このたび、貴志園創立45周年記念事業として本書が発刊されることになった。長らく貴志園に関わってきた者として、職員と一緒に喜び、祝いたいと思う。12年前、私は建替えの竣工式で「貴志園の奇跡と精神」と題して講演したが、その中で、開設当初に頻発していた施設利用者の激しい喧嘩・器物損壊、近隣への迷惑行為、バスや電車の中でのトラブル、放浪等の問題行動が、管理強化のための行動制限や罰則強化を伴うことなく、あるいは施設に塀や鍵を設けることなく、いつのまにか激減し、近隣の風景に溶け込んで違和感がなく、穏やかで平和に見えること、しかも、利用者の半数が知的障害に加えて統合失調症等、各種多様な精神障害を抱えて生活しているのは正に「奇跡」であり、これを可能にしているのは「押し付けるのではなく、相手の気持ちを理解しようとする優しさ、苦悩する人間に寄り添いながら手を差し伸べ、支えようとする意思、いわば献身の精神で、<愛>と言える」と要約したが、さらにこの精神が培われ、継承されているのは毎月開催されている骨の折れる「ケース研究会」を介してであろうとも指摘した。幸いなことに、この精神は今でも貴志園の中に息づいている。本書の出版も、職員がこの精神を誇りに思い、守り伝えたいとの想いに動機づけられている。
言うまでもなく、知的障害者への支援が実りをもたらすためには、誠実さに裏打ちされた職員の優しさや情熱が必要なだけでなく、それに適切な形と方向性が与えられねばならない。その一助となるのが、批判的なケース研究である。本書は貴志園のケース研究会で取り上げられた多くの事例の中から2人の編集委員が9事例を選び、その末尾にスーパーバイザーとして私がコメントを付した。実際の研究会では司会者の指示に従って、担当者がケースの生育歴・家族歴等の概要と具体的な支援経過を報告し、参加者とスーパーバイザーが、随時、質問を加え、報告者がそれに答えて、最後にケースの病理や報告者(担当者)の問題点、今後の支援の工夫等をスーパーバイザーが総括する。概ね2時間余りの会であるが、参加者は質疑応答の中で、問題点や病理が浮上するのを目撃し、各自、知識と経験に応じて、いわゆるアハー体験(aha-experience)をする。本書には報告の最中に行われる質疑応答の緊張とダイナミズム、その臨場感こそ欠けているが(実際の研究会の様子を再現しようとすれば、1事例だけでも相当な紙数となって、現実的でないだろう)、それでもコメントを読めばケース研究会の批判的な在り様は伝わるかもしれない。何よりも、本書には研究会に参加できない者だけでなく、参加した者でも、読み返し、改めて再吟味できるという利点がある。ケース理解の視点や支援の方法は勿論一通りではないが、読者は自分が担当者あるいはスーパーバイザーになったつもりで事例報告を読み進め、最後にコメントを読むと良いだろう。
なお、勝手ながら12年前の講演「貴志園の奇跡と精神」を本書の末尾に収録させてもらった。9事例の支援の背景にあり、困難な中で職員を動かしているエートスや精神を知ってもらうことは、個別事例の理解と共に、広く知的障害者の支援に携わる人たちに有益となり、連携を強めると信じるからである。

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目 次

事例集作成にあたって・・・・・・ 冨岡 貴生
発刊によせて・・・・・・・・・・ 大橋 秀夫

〈ケース研究〉
事例1  母親との喧嘩が長期間持続していた事例の自立
     ―担当者の率直な意見とその受け入れ―
事例2  6年間自宅で無為に過ごしていた事例の社会復帰
     ―生育歴から今を理解することの大切さを改めて学び、ケースと共に成長した担当者
事例3  施設利用目的の曖昧さがその後を左右した被虐待歴のある問題行動事例
     ―「自立」の意味の多義性と担当者・父親関係の転倒及び利用者の決断―
事例4  母親に振り回されて多彩な問題行動を反復していた事例の巣立ち
     ―担当者の献身的な支援と「母親」像の変化―
事例5  出生の秘密を背負った家庭内暴力事例
     ―同行日帰り支援と親子関係の安定化―
事例6  亡き母親へのこだわりから女子実習生への威嚇行為を反復した事例
     ―支援としての同行墓参―
事例7  療育手帳の所得経緯等にこだわり続け、両親への反発、特に父親への
     暴力を反復した軽度知的障害者の障害と境涯の受容
     ―他律から自律への行程―
事例8  診断に疑問の残る自傷等の反復事例
     ―行動言語・同一化・距離(話すことと離すこと)―
事例9  反社会的問題行動を反復した処遇困難者に対する取り組みと限界
     ―職員を疲弊させ、無力化した態度急変と問題行動の底にあるもの―

座談会 「事例を書くということ」
貴志園の奇蹟と精神―竣工式記念講演・・・・・・大橋 秀夫
編集後記・・・・・・塩田 友紀